監査法人で銀行の会計監査を行ない、銀行員だった時にはコンサルティング部に所属し支店業務推進(支店の業績を上げるための支援)を行っていたので独立したあとに幾つもの銀行で審査部や現場支援を行う機会がありました。
マイ会計やマイ監査において、銀行の審査基準を垣間見ることには意味があるので、私が以前銀行審査部の勉強会で説明した資料を提示します。
10年以上前に金融系雑誌でも紹介していますが、銀行が病院をどのようにみていくのかといったことについての(銀行員にとっての)新しい考え方を説明しています。
なお、知識のない銀行員へのレクチャーなので若干はしょっているところがあることや、急性期病院を軸においてオペの説明をしているので、他の慢性期や回復期、地域包括や精神等の業態の病院に特有の項目を除外していることをご理解下さい。
銀行は病院の財務データ(静態=その時点の情報)だけではなく、定性データも含めた指標データ(動態=状況を継続的に示し予測を行える情報)の活用が必要なことを示しています。今でも古くて新しい考え方だと思っています。
一方、病院側は、銀行からこう見られる可能性があることを理解して、銀行との取引を行っていく必要があります。
もちろん病院の経営企画室は、病院の経営分析を行うときにここでいう定性情報も入手し、組織をあげて個別対応しようとしていますが、より情報の精度を上げ計画的にその改善や是正を図ることで将来収益の獲得、費用削減を行うことができます。再度見直しを行うアイテムだと考えます。
銀行の動態的審査基準の概要は以下です。
静態的な指標を提供する財務諸表だけで病院経営を判断することは危険です。業績が悪化しつつあることを、ある時点の財務データだけでは判断できないことや、逆に業績が改善しつつあることをある時点の財務データだけでは判断できないからです。
勿論、業績が悪くなれば徐々に財務データに結果が反映され、最終的には判断ができますし、また業績が良くなれば徐々に財務データが改善されることも確かです。
しかし、そこにはタイムラグがあり、また原案が特定できないため結果がでるプロセスにおいて、判断ミスを犯すことがあります。良くなる傾向にある病院に与信を与えない。また悪くなる傾向がある病院に与信を与えることがないよう対応するためにも、審査的には、財務データに表れない動態的指標によって病院の傾向をつかみ、適切な判断を行なう必要があります。
どのような場合に業績が悪化するのか、またどのような場合に業績が改善するのかについて財務データ以外に動態的データにより判断基準をもたなければなりません。
動態的に病院をみる指標を数多く提示していますが、それらのなかには病院も入手していないもの、掌握していないものも数多く含まれています。
- 単純であるもの
- 病院もデータをもっているもの
- 病院側がそのデータを提示することに躊躇しなくて済むもの
- 比較することで病院の実態がつぶさに把握できるもの
- 情報収集によって病院経営の全体が把握されることはないだろうと思ってもらえるもの
といった条件で整理した結果、以下に示す10項目となりました。
- 新患数が低減する傾向にある
- 外来患者数が低減する傾向にある
- 外来単価(外来日当点)が低減する傾向にある
- 病床利用率が低減する(入院患者が低減する)傾向にある
- 手術件数が低減する傾向にある
- 入院単価(入院日当点)が低減する傾向にある
- 平均在院日数が増加する傾向にある、あるいは増減が激しい
- 紹介率が低く、増加していない。低減傾向にある
- 医師が不足している(常勤減、非常勤増)
- 看護師の定着率が低い
上記を説明します。
病院収益は患者数×診療報酬単価で決定します。患者が増加することと、診療報酬単価をアップすることが病院収益を増加させるポイントです。
診療報酬単価は、外来単価と病棟(入院)単価に分類できます。一人の患者から高い報酬を得るためには、技術料の高い手術を行なうことが必要です。手術がなければ単価アップには限界があります。
また、病院のベッドを有効活用するためには、たくさんの患者さんに来院いただきはやく退院してもらうということが必要であり、ベッドがどれだけ埋まっているのか、そしてどれだけ回転しているのかについて調査をする必要があります。できるだけ早く退院してもらい手術の件数を多くする、そのために検査や撮影も必然的に多くなる、点数があがるというながれをつくることがポイントです。上記がどのように行なわれているのかを動態分析でチェックする、ということになります。
審査方法は以下のものです。
与信を与える段階で、上記を埋める情報収集シートを提示し、相手方に記入してもらいます。同様の規模、同様の標榜科目、地域といったものを斟酌(ベンチマーク)して、その病院が、
- 平均より上で推移しているのか
- 上から下に向かって推移しているのか
- 下から上に向かって推移しているのか
- 下止まりしているのか
- 下から上に向かって動いているが平均よりも下であるのか
などの調査を行います。
例えば、平均に到達する、あるいは平均を超えて改善傾向にあるのであれば、過年度の財務データに課題があったとしても、与信については前向きに検討することや、また、平均を下回らないまでも悪化傾向にある、あるいは平均を下回り悪化しているのであれば、与信については一端ストップする必要があると考えます。
なお、同時に過年度の財務諸表が入手できれば、直近の営業キャッシュフローが生まれているのかどうかを確認できれば、なおさらよいと考えます。営業キャッシュが生まれていないなかでの改善については、他の情報をも加味したうえでの対応が必要であるかもしれません。
上記の傾向は、遅かれ早かれ必ず財務諸表に反映します。ただし、説明したようにプロセスで早期に判断を行なうこと、あるいは財務データを担保する、あるいは補完するデータとしてここで示す考え方を理解することが必要です。もちろん学習を行い病院にアドバイスを行うことができるようになれば金融マンとしてまた担当者として、顧客の役に立つ融資ができるようになります。
判断は以下のように行います。
1.新患が低減する傾向にある
診療報酬が引き下げられる傾向があるため、どの病院も増患をする必要があります。増患の基本は新患が来院することです。新患数がどのように変化しているのかについて傾向をみることによって、その病院が総合的な努力を行なっているのかどうかが判ります。まずは(外来)新患数の傾向をチェックすることが必要です。
2.外来患者数が低減する傾向にある
新患は増加しているが、外来患者数全体が低減していることがあります。これは再診の患者が減少していることを意味しています。再診の患者が減少する理由として、
- 逆紹介をする
- 人気がないため再診患者として来院しない
といった二つのパターンがあります。
であれば、その反面紹介が増えているかの確認も行います。の場合には致命的です。ながく続かないまでも、最悪の病院として残るためには、再診患者をながく引き止めておくことが、病院経営において最後に行なうべきことであるからです。慢性疾患の患者を増やす診療科の確認や本来は邪道かもしれませんが一つの疾患から当該患者の全身管理を行えるよう対応することはある意味患者のためにもなります。
3.外来単価(外来日当点)が低減する傾向にある
外来単価が低減することは、再診患者が多く、かつ安定して検査や撮影が必要のない患者が多いということを意味しています。
したがって、外来単価が低減するきざしがあることは、その後の収益に大きくマイナスとして影響を及ぼすことになります。新患増へのブランドづくりが病院の社会資源としての使命を果たす基本です。診療科別の患者構造が変化することによって外来単価は低減する傾向となりますが新患増への取組みは不可欠です。
4.病床利用率が低減する(入院患者が低減する)傾向にある
病床利用率が低減する理由は、
- 入院の必要がない患者が多い(外来入院比率が低い)
- 紹介患者が少ない
ということに集約されます。
外来患者は、安定的な本来は診療所に逆紹介を行う患者であり、入院の必要のない患者が多くいる場合には、外来からの入院比率が低減し、全体としての入院患者も少なくなります。
紹介による入院患者も低減していることを意味しており、病床利用率が低減することは致命的な収益マイナス要因となります。
病床利用率は平均在院日数とパラレルに(並行して)見ることが必要です。
すなわち、利用率があがっているけれども平均在院日数もあがっているのでは、患者が滞留していることを意味しており、問題です。
利用率があがっているけれども、平均在院日数が短縮されていることが、患者がながれている、すなわち多くの患者がベッドを通過していることを表しています。
病院のトータルでの質の見直しによる紹介増、入院の必要な新患増が必要です。
5.手術件数が低減する傾向にある
病床利用率が高くても、手術件数が低減することは危険です。結局は内科的な単価が低い患者が増加し、収益悪化をもたらすからです。急性期病院の利益の源泉は手術です。手術が行なわれない病院、低減する病院は危険領域に入ってくるということができます。
なお、手術が行なわれない理由には、
- 手術対象患者が入院しない、
- 手術ができる医師がいない、
ことがあります。
麻酔医がいないこともあるし、例えば脳神経外科や心臓血管外科のように複数の医師がいなければ手術や術後の管理ができない、ということもあり、リアルに医師が不足していることが背景にあります。員数的には足りているけれども医師が手術にネガティブであったり、腕が悪いため、手術を敬遠するということも背景にあったりします。
6.入院単価(入院日当点)が低減する傾向にある
手術が行なわれても、入院単価が低くなる傾向にあるということは、高い技術料の手術が行なわれなくなったといということを示しています。
- 高い点数をとれる手術の患者が入院しない
- その手術ができない医師がいる
ということになります。
なお、本来転院している患者数をみれば、自院で手術ができない患者を把握することができますが、それを事務方で科別につかんでいる病院も少ないため(情報提供書を集計すると把握できます)、あえてここでは簡単にとれる指標をチェックすることにしています。
7.平均在院日数が増加する傾向にある、あるいは増減が激しい
平均在院日数が増加する傾向にある、ということは医療の質が低いことを意味しています。
- 計画的な医療ができていない
- 地域連携ができていない
- 病床利用率を意図的にあげようとしている
- 治療をながびかせる事故が多発している
といったことを示しています。
さらに、
- 検査入院が少ない
- 教育入院を行なっていない
- 入院期間が短い標榜科目がない
といったことをも示しており、戦略的な対応をしていない病院であるということが伺えます。
看護基準に合わせてぎりぎりの平均在院日数である病院もなんとかやりくりしていることが伺えるため、注意が必要です。余裕をもって、いつも一定の平均在院日数を保っている病院が優良な病院であるということがいえます。
8.紹介率が低く、増加していない。低減傾向にある
紹介率が増加していないことは、
- 開業医や病院から人気がない
- 患者から人気がない(あの病院に紹介して下さいということがない)
- 地域との関わりが薄い
- 地域に知られていない
- 職員が積極的に活動していない
といったことが伺えます。
そのことは、地域完結型医療を行うなかで、自院に必要な患者を抱え込むことでしか、生き残っていけない急性期病院のあり方から逸脱していることを意味しており、今後、ながく優良な経営を行なうことが困難です。
紹介率が低い段階でとまっている、それ以上増加していない、また、低減傾向にある、といった病院は、患者が集らない病院として問題があります。紹介元先別経路分析により課題をみつけ解決を行う必要があります。
9.医師が不足している
医師が不足している、というなかには医師が辞めてしまい
- 法定数の常勤医師がいない
という場合と、
- 医師はいるが働きが悪い
- さらには全体としては充足しているが、必要な標榜科目の医師を積極的に求めている
というケースがあります。
常勤の医師と非常勤の医師が職員となっているわけですが、非常勤の医師はコストがべらぼうに高くなることが一般的です。一日当りいくらということですし、外来の診察はするが病棟はみない、といったことが行なわれるため、実際には常勤の比率が落ちれば効率や成果は間違いなく低減します。
これらのどれであるのかを見極めることは必要ですが、医師数を常勤と非常勤に分けて情報収集することで、当該病院がどのような状況にあるのかを理解することができます。また、自院や競合の退職予定の医師情報や入職予定の医師情報を知ることは審査にも大きく影響します。
10.看護師の定着率が低い
一人当たり一月に72時間の夜勤の制限があり多くの看護師がいなければならない事情や、高い看護基準をとることで入院基本料を高くとろうという病院が増加しているため、また、看護師の資格をもったものが介護へ転出するなど、看護師が不足しています。
どこでも看護師が必要であり、看護師が不足することで高い点数がとれない状況になることがあります。看護師を採るためにHPでの訴求や、職員である看護師に友人や後輩を採用すれば報奨金を支払う制度を導入するなど、多くの病院が看護師を募集しているのです。
看護師が集らない、潤沢にいない病院は
ビジョン、リーダーシップ、休暇、教育等の環境のどこかに問題があるわけで、看護師が常に辞める、不足している、定着率が悪い、といった病院は要注意である、ということがいえます。
本来はさらに多くの動態的チェックポイントがあるなかで、上記の10項目のチェックはとても簡便です。ここでは、これらを記載したチェックリストを先方に渡し、枠のなかに数字を入れてもらうことによって情報を簡単に収集できるアイテムに絞っています。
例え、財務データは入手できなくとも、ここに記載されている項目と、簡単な財務数値情報を入手することによって与信判断の一助とすることが可能です。
10項目は最低限の項目であり、できるだけ多くの指標を入手することが必要ではありますが、まずは10項目をベースに病院の実態を浮き彫りにすることが適当です。
今回は医療を取り上げていますが、銀行の審査に当たりトップのビジョンや競合やマーケットの動きなどを含めた動態的情報を得ながら業務を行うことが大切です。どのような業種であっても財務データに直接表現されない情報をしっかり体系化し、審査を行うことが必要だと考えています。